新しい地域経済を創造する 共益投資基金JAPAN

基金JAPAN facebookページ 東北共益投資基金 facebookページ
ホーム インフォメーション 連載コラム 【ニュース】連載コラム第10回-大里倫弘さん「進まない復興-被災地が直面する課題」

インフォメーション

連載コラム

【ニュース】連載コラム第10回-大里倫弘さん「進まない復興-被災地が直面する課題」

2013年10月24日

進まない復興-被災地が直面する課題

大里倫弘(東北共益投資基金 アドバイザー)

東日本大震災からおよそ2年半が経過し、私が宮城県石巻市の北東部、リアス式の海岸線沿いに位置する雄勝町に通うようになって2年になる。初めて雄勝町中心部の伊勢畑地区を訪れたのは、震災から4ヶ月程が過ぎた夏の終わりだ。当時、あの大津波がどれだけ壮絶な災害であったかをリアルに物語る爪痕は、ほとんど手付かずのまま残されていたが、その頃と比べ今日の雄勝町伊勢畑地区はすっかり様変わりした。と言えば、滞りなく町の復興が進んでいるという誤解を招きかねないので補足すると、町の表情が生まれ変わったというわけではない。くずれてしまったお化粧がようやく取り除かれ、スッピンに戻った、ということだ。そして、更地には新しい建築物も建ちはじめ、雄勝町の新しい表情を少しずつ型作り始めている。

私は、雄勝硯生産販売協同組合との二人三脚の活動を通じて、1被災事業者の復旧・復興がどれほど多くのハードルを乗り越えねばならないのか、また、町・地域の復興というものがいかに多くの、そして大きな課題を抱えているかを痛感している。その最たるが、1つの課題解決に要する意見調整の難しさに伴う、事態の停滞だ。

1つのメイン課題解消のためには幾つかのサブ課題のクリアが要件となるが、そもそもそのサブ課題について、それぞれに多くの関係人の意見調整を要する。故に、1つのメイン課題に対してネズミ算式に膨らむ数の意見調整対象が存在し、それらを取りまとめなければ前には進めない。

例えば、硯組合が、生産基盤強化に不可欠な倉庫建設に必要な資金として、国の補助金を獲得できたとする。一日も早く着手したいところだが、町の道路整備計画が定まらないため建設予定地を決定できない。道路整備は、いわゆる街づくりの全体像とともに検討されるが、その街づくり計画の立案にあたっては、ビジョンや土地利用について地域住民との協議を要する。しかし住民は、これから先の自身の生活基盤に照らして物事を判断するわけだが、集団高台移転、仮設住居からの移転など、その方向性を決められない人も少なくない。結果として、硯組合は倉庫建設に着手できないまま事業年度をまたいでしまい、獲得した補助金(殆どの場合、当該事業期間内の実行が要件である)は白紙に戻ってしまう。

直接的には無関係である硯組合と一人の住民。上記は一つの例えであるが、このように地域に介在する多くの要素(ヒト、モノなど)が相互に影響し合うため、事態の硬直化に陥ってしまう。街づくり計画といった「地域(面)」として抱える課題から、雄勝硯組合の事業復興のような「個(点)」が抱える課題まで、一見それぞれをパラレルに進められそうにも思えるが、そうはいかないのが現実である。これは、課題・苛立ち・ジレンマなど、言い方は様々あるが、多くの被災地域で起きている現象であろう。

資金の問題、行政の非効率、被災者の疲弊、被災地外からの復興支援パワーの希薄化など、特に被災地外にいると、被災地復興が進まない硬直化の原因として端的にそれらに結論を求めてしまいがちだ。しかし実際には、想像をはるかに上回る多種多様な要因が複雑に折り重なっている。そしてそれが、それ以上も以下もない、目の前の現実なのである。それでもなお一つ一つと対峙しながら、一歩一歩前に進むしかないというのが現実ではあるが、実際に当事者(どこまでいっても当事者ではない私は、厳密には“当事者意識をもって”)としてそこに身を置くと、それがいかに途方もない道程であるか、目がくらむ。

震災直後からこれまでの、皆が「とにかく早く」の意識を最優先してきたいわゆる緊急支援フェーズの方が、かえって物事の進みは早かったと言えるのかもしれない。皮肉なことに、個々の足元が一定の落ち着きを見せるとともに、各方面での意見調整は難しさを増していくのかもしれない。

硬直化は、長引くほどに被災地復興の遅延=被災者の疲弊を招くものであり、強引に進めるわけにはいかない一方で、「時間をかけて一歩ずつ」と構えていて良いものではない。被災地の一日も早い復興にとって、国と地域行政、そして何より地域住民が、力を合わせて、効果的な推進論を検討・実施していくことが急務であろう。

最後に、このように稚拙な「現場レポート」を長々と書かせて頂いた当の私は、この問題を解決する妙案を見出しているわけでも、ましてやこの状況の責任を誰かに問うているものでもない。ただ、ありがたくもこのコラム執筆の機会を頂戴するにあたり、少しでも現場に近いところにいる人間の使命として、多くの人々にこの現状をお伝えし、「国が...」「行政が...」と安易に結論付けることなく、被災地復興がいかに険しいものであるかを、改めてご認識いただけたならば本望である。

大里倫弘(おおさとみちひろ)

被災地にて復興支援活動に取り組む中、訪れた宮城県石巻市雄勝町にて東北共益投資基金との出会いを得る。以後、事業会社経営の経験を活かし、基金アドバイザーとして雄勝硯組合の事業復興支援を担当。

 

ページトップへ